毎回異業種の方達と絵を見ながらの歓談になるわけですが、今回は力道山(敬称は略させていただきます)の子息であります百田光雄氏とお会いすることができました。力道山はご承知の通り力士からプロレスラーに転向し、今でもジャイアント馬場・アントニオ猪木の上に燦然と輝くプロレス界の大英雄です。
百田光雄氏は今でも現役最年長のプロレスラーとして、ご活躍されていると言うことです。
雄大な山の絵をバックに百田氏よりパワーをも頂いた絵の会でした。
この雑誌は昭和53年8月15日ベースボールマガジン社発行の『相撲・名古屋場所総決算号』です。
北の湖が当時大鵬の最年少横綱昇進の記録を破り、3連覇~4連覇を達成し、『憎らしいほど強い』という代名詞で呼ばれていた頃に発売されたものです。
私がテレビの前に釘付けになり、今までで心底熱狂した最高の力士は北の湖です。![]()
輪島との優勝をかけた横綱決戦は輪湖時代の象徴でした。当時高校生だった私は、この雑誌の号の『読者のさじき』 というコーナーに北の湖を中心にした内容で投稿し、掲載されました。
弟子の不祥事での理事長辞任から4年ぶりに、理事長として再登板するわけですが(理事長の再登板は初)相撲協会の運営は前途多難です。
昭和の大横綱だった北の湖親方の手腕に期待致しましょう。
友人TAM氏は、昔イラストレーターの仕事をしていました。
とはいえ、彼が水彩画を本格的に始めたのは、記憶ではそんな昔ではないはず。私も10数年前、顔彩で描く俳画と言うものを、しばらく何を思ったのか通信教育で習っておりましたが、限界を悟り今は筆やら画材も休眠状態です。せめて年賀状だけでもと思い、年一回筆を握る有様です。
TAM氏は一年間で描いた絵を、毎年年賀状にまとめて送ってくれるわけです。ちょっとしたミニギャラリーです。絵を見る楽しみと同時に心が和む年賀状です。
彼のすばらしい絵を今年もまた称賛したいと思います。
130年の歴史を持つ巨人コダックが先頃経営破綻しました。
私たちも散々富士写真フィルムと並んでお世話になりました。フィルム市場そのものが、デジタルカメラの出現により消滅してしまった訳ですから、致し方ないとはいえ、栄枯盛衰を強く感じずにはいられません。
年々、何でもノートにこだわる人が増えているとか。『パソコン・携帯メールをする時代になり、手書きの機会は減ったからこそ手で書くときはノートにこだわりたい』と年末の読売新聞に『オーダーメイド・高級紙・・・手書き楽しむノート』と題した記事が載っていました。
スマートフォンでスケジュール管理のカレンダーアプリを利用する人は今後増えていくでしょう。ただノート同様、手書きの手帳にこだわる人も多く、手帳市場の売上は伸びているとも聞きます。
映画『ALWAYS三丁目の夕日'64 』が封切られました。
背景はアナログな世界を十分に幸せに生きている時代です。
デジタルにないアナログの優しさ・やわらかさ・良さを大切にしていきたいものです。
私はお手頃感のある、なめらかな書き味のPARKERのボールペンを普段愛用しています。今年は例年以上にお気に入りのペンで、手書きの良さを意識して文字にする機会を、乱筆ながら増やしていきたいと思っております。
1月13日学士会館において、日本浄水機械工業会新年会が開催されました。この会は日本で唯一の水処理専門機械メーカーの工業会という事もあり、大阪・名古屋など各地からの出席もある長い歴史のある会です。
話題は当然昨年の3.11震災にも及ぶ訳ですが、会長の挨拶で、『未来ある子供たちの為にも、今夏のプールの復興に少しでも業界として役に立てることがないか』という話がありました。今後事務局を中心に進んで行くものと思われます。
私も僭越ではありますが、中締めの挨拶をさせていただきました。
昨年は卯年にちなんで、うだつがあがらないではなく、立派な卯が立つような年にと話をさせていただいたわけですが、今年は辰年です。紙に描いた龍に睛を点じたところ、途端に紙を飛び出した龍は稲妻を呼び、天高く雲を突き抜けて行きました。天高くのような気持ちを持つことが、ひいては気運の上昇を呼ぶことに繋がるはずです。中国の故事『画龍点睛』のお話もさせていただき、威勢良く三本締めにて無事新年会は中締め致しました。